チンパンジーは数字を理解するか

 
 以前テレビで「数字を理解するチンパンジー」の実験についてのニュースがあった。その実験というのは、モニターに1~9までの数字が表示されていて、それを数字の順番にタッチできたら成功で、エサがもらえるというものである。そのチンパンジーは、もちろん訓練の結果であるが、かなり高い確率で1~9までの数字を順番にタッチできるようになったそうだ。 

 この実験により、チンパンジーには数字を理解する能力があると結論できるだろうか。(ちなみにこの「数字」は自然数を意味する。)「いや、数字っていうのはもっとたくさんあるんだから、1~9までじゃあ理解したとは言えない。」確かにその通りだ。それでは仮に9以上の数字をチンパンジーに覚えさせてみるとする。先ほどの実験と同じ要領でやれば、100までだろうと1000までだろうと原理的には可能である(現実的には時間は限られているが)。しかし数字は無限にある。どの数字まで覚えれば、このチンパンジーに「数字を理解した」という称号を贈ることができるのだろうか。 

 それに対する一つの答えはこうである。「未知の数字を答えることができる」。人間は「6489454321547の次の数字は何か?」という質問には答えられるだろう。しかし恐らくこのような数字を見たのは生まれて初めてのはずである。なのに答えられる。なぜだろうか。それは「法則」を掴んでいるからである。人間は個別的な数字を“覚えて”いるわけではなく、その背後にある法則を掴んでいる。だから初めて見る数字にも反応できる。ここがチンパンジーとの最大の違いである。チンパンジーが数字を順番に押せるのは、覚えているからだ。そのため、たとえ100まで覚えこませても、101は理解できない、999まで覚えこませても1000は理解できないというジレンマが永遠につきまとう。つまり「数字を理解した」といえるためには、「個別例」を超えた「法則」まで理解するということが不可欠である。
 法則をつかむということは言い換えると、「無限」に関わるということである。人間である以上、自然数をすべて数え上げるということは不可能である。しかし、人間は潜在的に、自然数をすべて数え上げる可能性を有している。これが法則をつかむということの内実なのである。